3月9日 ルアンプラバン → ハノイ → フエ

ルアンプラバン発15時15分のベトナム航空機でハノイ着は16時05分だった。ベトナムの入国手続きを終え、国内線に移動する。小さな空港なので、移動は簡単に済んだ。次は、国内線のチェックインである。係員らしき女性に聞きまくって、チェックイン・カウンターにたどり着いた。

フエ行きは18時45分発である。フエ到着は19時55分の予定。待合室で、ルアンプラバンで買っておいたサンドウイッチを食べる。ラオスと西洋の折衷というこの食べ物は実においしい。ラオス風ソースがパンに浸みこんでいて、ほっぺたが落ちそうだ。待合室で落ち着いていられるのは、フエでのホテルは東京で予約済みだからだ。一日20米ドル、エアコン付き、トイレもバスタブもある。そのうえ、日本語版のパソコンが部屋にあるのだとホテルからのメールに書いてあった。NHKも見られる。ベランダもついている。これで20米ドル。空港への出迎えも依頼しておいた。10米ドルだ。もう安心である。

フエの空港を出たのは午後8時をかなり過ぎていた。
出迎えがあり、真っ暗な道をホテル「Binh Duong 3」に入った。ホテルの女性に、明日の王宮跡の見物と郊外の「ジャパニーズ・ブリッジ」への案内を依頼する。半日で25米ドルだ。そして、問題の、ダナン→サイゴンの統一列車の寝台券も。ホテルの女性は、「何で、飛行機を使わないの。飛行機の方が便利じゃないの」と。「いや、ベトナムの列車が大好きなんです」と答える。

ホテルは本通りから路地に入ったところにある。
先ずは夕食だ。と言っても、近場で済ませたい。路地を抜け、本通りにでたところに食堂が一軒あった。客は? 日本人の3人組と西洋人のカップルだ。すると、まずくはないだろう。日本人たちはいかに安くベトナムを旅行しているか自慢しあっている。仲間に入りたかったが、負けそうなのでやめた。

店主は「男はつらいよ」に出演している佐藤蛾次郎のようなカオとオールバックの髪型だ。そんな主人に注文するとき、少し気合いが入った。ビールと硬焼きそばで夕食とする。これで4万ドン、230円だ。この焼きそばはミー・シャオ・ヨンと言うのだそうだ。上手いのだが、焼きそばが埃だらけになっていたような気配を感じ、かなりの量を残した。案の定、翌日、腹に良くない結果がでた。


ベトナムのビール

焼きそば、美味いのだが…



3月10日 先ず、フエの王宮跡へ



朝食は、フォーです。

夜中、腹具合が良くない。トイレに何度か起きた。あの蛾次郎の焼きそばのせいだ。いや、野菜かな? でも、野菜は火をとおしてあったから、大丈夫かな。油が悪かったのか?

それでも、朝、フォーを食べに外にでる。蛾次郎が店の前でにこっとする。愛相笑いしたって、似合わないんだよ。ベーだ。フォー屋を探しながら歩いていく。バイクを注意し、寄ってくる人間を避け、集中して交差点を渡る。

「You and Me Cafe」という店に客が入っていた。小さな椅子に腰をおろし、フォーを注文した。流暢なベトナム語ではない。指でさすだけである。店の若い仕切屋はこまったような顔をしている。トッピングはどれを入れるのよ。そんな表情である。指をくるっと回して、すべていれてくださいという意味の表示をする。


ビンジュオンホテル

これがフォーです

親子も来ていた

食堂

食事をしていると、両替屋、古本を肩に担いだ古本屋、宝くじ売りがやってくる。構わず、フォーを堪能する。フォー、フォーフォーと言いながら。野菜を入れないでおく。この時期の野菜は腹を壊す危険があると、本で読んだことがあるからだ。

フォーは1万5千ドン、約90円だ。1万ドンとみていたが、トッピングが多い。だから5000ドン余計にかかったのか。まあ、いいか、と席を立つ。よくなくとも、どうしようもできないのですが…。




王宮跡へ


王宮への入場料は4米ドルだった。旗台があり、荒れはてた王宮の跡があり、草むらの中に復元中の遺跡も散見された。白人がツーリング姿で門の上でじっと遺跡をみているのが印象的であった。日本人ツアーだって負けてはいなかった。クラブツーリズムの旗を先頭に団体客が気忙しく歩いていった。

入場券

旗台

屋根

白人のツアー


王宮の入口



王宮の脇に公園がある。そこには戦車がピカピカに磨かれて展示されていた。荒れはてた王宮の跡と磨かれた戦車。ベトナム政府の力の入れ具合もおのずと分かる。王宮は封建時代の象徴。それを解放した戦車だからか。



市場へ

フエの市場は旧市街にある。日差しが強くなってきた。暑い! 
どこの市場でも道は湿っている。ここでも例外ではなかった。それに特有のにおいである。果物がほしかったので、数軒、値段を尋ねる。5個位で15000ドン(90円)だということが分かった。最も美味そうなみかんを売っているおばさんから買うことにした。それにしても働いているのは女性ばかりである。

市場の雑踏

雑踏の中を歩いていると、クラクラしてきた。暑さと体調の不良である。朝食のあと、下痢止めを飲んでおいたのが正解である。こんなところでトイレを探しても見つからないだろう。

ベトナム人は三角帽子をかぶっている。手前のヒトは帽子が違う。外国人は形の異なった帽子をかぶっている。

みかんを売っていた

秤がある

豆腐だ

これは何だろう

野菜売場

おばさんたち

カニ

元気なおばさんたち


フォーン川へ

市場の裏手に出ると、フォーン川だ。草を分けて歩く。早速、声がかかる。ボートで1時間どうだ。○○ドルだ。こんな観光客用の舟とは別に生活感に満ちた小舟がもやっていた。近在の村までいくのだろうか。たたずんでいると、おばさんがやってきた。草むらの中にしゃがみ込む。天然トイレだった。

小舟で村にいくのだろうか

生活感がある



日本橋へ

郊外に「日本橋」と呼ばれている橋があるらしい。
フエはすぐに田園地帯となる。見渡す限りの田んぼである。細い道がどこまでも続いている。30分ほど車で走ると到着した。橋自体は写真のようなものだが、古い橋、運河、田んぼなどの風景はのどかであった。子供達も屈託がなく、こちらまで楽しくなってくる。来てみてよかったと思った。

ちょうど、学校が終わったころなのか、生徒が自転車で走っている。その屈託のない笑顔につられて手を振ってしまう。彼女たちの帽子がお洒落である。橋を見物して、そばの茶店でお茶をご馳走になる。木陰にあるので爽やかな風が吹き抜けていく。

田んぼの方に歩いてみる。運河を見ながらぼんやりする。フエでは王宮跡よりも、断然、田んぼの風景の方が素晴らしい。気分が開放するからだ。突然、白人が数十人、オートバイを連ねて見物にやってきた。手を振ると向こうも笑顔で返してくれた。


生徒の笑顔がすばらしい

日本橋

途中の道路、いいでしょう

近くの村

草取りをしていた



バイン・ベオ

昼食は市内に戻り、名物のバイン・ベオを食べようとレストラン「クン・アン・ディン」に行った。
有名店らしいのだが、客がいない。ガイドブックには、「食事時は、すごい込みよう」と記されていたが、拍子ぬけである。

下の写真がそうである。米粉でに干しエビくるんだ食べ物である。小皿にたれをつけて食べる。2万5千ドン、150円だった。


バイン・ベオ

こんな食べ物もあった
店では女性たちがバイン・セオをつくっていた。こうして手作業でつくるのだな。食べるのは一瞬だが。


ホテルに戻ると、統一列車の切符は取れなかったとホテルの女性が言う。
普通席もなかったの? 全部チェックしたが、すべて席はなかった、とのことだ。随分、てきぱきと動いてくれるのだな。ありがたさと本当に統一鉄道の切符を取るべく動いてくれたのかなと不審が芽生えた。そんな気持ちを押し殺し、ダナンからサイゴンまでの航空券の手配を依頼した。これから、昼寝だ。その後は、ブログの更新をしよう。




マンダリン・カフェ

午後の街歩きだ。
まだ、体調不良が続いている。せっかく来たフエだ。ホテルの近くに、カフェがあるとガイドブックに掲載されている。コーヒーでも楽しもうかと出かけてみた。店内にはオーナーが撮影した写真が展示されていた。コーヒーとパンケーキ(1万2千ドン、70円)を頼む。オーナーの撮影した写真が絵葉書になっていた。1枚5000ドン(30円)だ。2枚買う。オーナーもやってきた。フエの昔話を聞いていたら、夕方になってしまった。


ベトナム・コーヒー

パンケーキ

マンダリン・カフェ

オーナーの作品


教会に寄ってみる。敷地に入って、木陰で休んでいると、女性が怒鳴りながら近づいてきた。カネをよこせと言っているようだ。教会は観光施設? そう言いたいのだが、何と言えばいいのか? 面倒臭くなって逃げ出してしまった。女性は大声で追いかけてくる。ワタシは何で怒られるのか理解できないまま逃げた。通りの人びとが立ち止まって見ている。

逃げ切った。でも、息が切れた。怖いから逃げるのか、逃げるから怖くなるのか。そんなことを考えながら、ぶらぶらとフォーン川に向かって歩く。暑く、空気も悪い。疲れが加速する。オートバイの数が壮絶である。通りの写真をとるとオートバイだらけである。

しばらくその光景を見ていると、薄暗くなってきた。熱帯の太陽は夕方、ストンと音を立てるように沈んでしまう。夕暮れを見ながら、川岸を歩く。


オートバイの群れ

このオートバイ

教会があった

路上で何を売っているのだろう


夕食はホテルの近くで!

川の近くには外国人が好みそうな、清潔で少し高めのホテルが集まっていた。レストランもある。イタリア料理が多い。四つ角には路上カフェがある。立ち寄りたい。だが、足が棒。ホテルを目指して歩く。

蛾次郎さんのレストランをみればすぐだ。路地に入り、夕食をしておかなければ、と思いホテルの前のレストランに入った。日本人青年が食事をしている。そこしかテーブルが空いていないので、一緒させてもらった。話してみると、男性は韓国人だった。韓国人は年長者を敬ってくれるので、好感を持つ。食事はご飯と牛肉、トマト、パイナップルの炒め物、Bo Xao ca hanh と言うらしい。4万ドン、240円だった。


橋にかかる夕日

今日の夕食


■ 東南アジア旅行記 目次
inserted by FC2 system