■うねるメコン | ■ルアンナムター空港 | ■ルアンナムターの町 |
山岳民族が市場にやってくる町。 訪れたかった町だ。 ルアンナムターのキイワードは、「山岳民族」、「市場」、「秘境」、「お洒落なカフェ」、「おいしい水」。実際、そうだった。 1年ほど前、インターネットやガイドブックで、ビエンチャンからルアンナムターまでの交通を調べたことがあった。週末トラベラーでは無理な秘境行きだ。曰く、 ○ ビエンチャンからはバスでほぼ一日 ○ ビエンチャンから最短はウドンムサイまで航空機で飛び、そこからバスで4時間 ○ タイ領チェーンセンから渡し船で、ファイサーイへ。そこから船で1泊2日。 ○ ルアンパバーンから、バスで8時間 昔ながらの文化が残っている街は、交通が途絶しているからこそである。 2008年3月31日にルアンナムター空港が再開され、ビエンチャンから週3便設定されたとの報。 行きやすくなった。便利なるということは、秘境の壊滅が近いということにもつながる。早く訪れよう。さもないと、観光地になってしまう。 中国との国境までバスで3時間のところでもある。中国人がどっと押し寄せたら、ゴミの落ちていない秘境が捨てられたペットボトルで埋まってしまう。 さて、ビエンチャン空港ではで6時間10分、待たされた。 ルアンナムターは豪雨で飛び立てないらしい。いいではないか。なかなか到達できないところだから期待が高まる。 ルアンナムター 市場に行こう! |
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■市場の入口 |
■山岳民族の女性 | ■ウナギ |
■山岳民族の女性。 | ■おこわ | ■サトウキビ |
航空便で到着した日本人は、ワタシのほか、東京大学の先生、ラオス語の達人のS嬢だった。先生はわれわれとは口をききたくないらしい。ルアンナムターに到着すると、教え子のラオス人東大留学生の出迎えを受けて、空港から消えてしまった。 S嬢は「地球の歩き方」に掲載されているゲストハウスに向かった。私は隣のゲストハウス。地域のゲストハウスは一日6ドルで同じ値段だ。部屋は扇風機だが、シャワーはお湯も出る。シーツは糊が利いていて、申し分がない。 荷物を置くと、S嬢と翌日の山岳民族訪問のガイドを探しにでかけた。 彼女は本当にラオス語がうまい。ガイドとの交渉はすべてやってくれた。 翌日、朝6時にガイドの家の前に集合して、市場に向かった。 あいにく雨だ。すぐに運動靴がぬかるんでしまった。 市場ではあらゆるものが売られていた。ルアンナムターは小さな町であるが、どこから人が集まってきたのだろうかと思うくらいの人、人、人である。 川魚、ウナギなどなど。米、野菜、果物などが並んでいる。 調理してある魚、ウナギ、もち米もある。市場はヘンな匂いがするのが常なのだが、ここは匂いが薄い。 カフェでくつろごう! |
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■カフェでゆっくりとする。 |
■ミルクシェイクは本物だ。 | ■バゲットは美味。 |
ここ、ルアンナムターは白人旅行者が多い。 ヨーロッパで発行されているガイドブックには秘境と記載されているそうである。エコ・ツアーも人気がある。 向こう側のテーブルでは、白人たちががずっと話しこんでいる。 店の前には、UNボランティアとかかれたジープが止まっている。通りを歩くラオス人はゴムサンダルである。時折、バイクが走りすぎてゆく。 白人の家族連れがやってきた。 奥さんのお腹には3人目のこどもがいるらしい。それでも、ラオスの山奥で生活を楽しんでいるのか。精神的な余裕がうらやましい。 ラオス風夕食を楽しもう! |
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■オープンエアーの売店 | ■何の肉なんだろう。 | ■ニワトリの足です。 |
■タクシー | ■髪を直してもう一枚。 | ■焼き鳥のようだ。 |
ラオス語の達人、S嬢を誘って夕食を一緒にした。 広場に露店がでていて、客はそれぞれの店に注文した食べ物をテーブルに運んで食事をする。S嬢が店を回って食料を調達してくれた。何から何まですみません。 もち米、焼き鳥、汁なし麺など頼み放題。代金は全部で3ドルだった。 彼女は、明日、中国との国境に出て、景洪まで行きつきたいとのことだった。若い女性は根性がある。雲南省のシプソンバンナはタイ族が多く住んでいるところだ。そこからメコン川が大きくなり、タイのチェーンセンまで国際船が発着している。 食事は美味しかった。だんだん暗くなってきて、露店の周りは暗闇になってしまった。 マニーチャンでの夕食です! |
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マニーチャンの娘さんがビエンチャンから帰郷していた。ラオス語の達人のS嬢が通訳してくれる。 彼女はビエンチャン大学で経済学を学んでいるという。 「卒業したら、アメリカかヨーロッパの大学に留学するのですか?」 「いや、この店を手伝うの」 飛行機でビエンチャンから来たと言うと、 「なんでバスで来なかったの? 景色がよく見えて美しいのに」 「時間がかかるからね。あなたはどれくらいかかった?」 「一日半でルアンナムターに来られたわ」 |
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憤慨するフランス人ー朝食のテーブルにて! |
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ある日、早朝のルアンナムターを歩いた。 住宅街に入る。鳥のさえずり、鶏の鳴き声、風が葉を揺する音。それだけである。 大通りに戻り、朝食のためにカオ・ソーイをやっている店に入る。待っていると、向こうから老齢の白人が早足で歩いてきた。ちらりと店内を見て、通り過ぎていった。 |
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カオ・ソーイを食べめると、その白人が戻ってきた。 「おはよう」 声をかけると、引かれるように店に入ってきた。 「このテーブルでどうですか?」 「ありがとう」 彼はコーヒーを注文した。こちらのコーヒーはグラスに甘いミルクを沈殿させてある。うまそうに飲む。時々、咳ばらいをする。 「わたしは日本からきました。あなたは?」 「フランスだよ」 |
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「ラオスにはどれくらいいるの?」 「1か月だ」 「ルアンナムターには?」 「まだ、来たばかりだが、気に入ったらずっといる」 また咳ばらいで薄いほほを揺らす。昔はハンサムだったのだろう。 厚ぼったいコートの襟を合せる。 「ラオスは好きだよ」と、ワタシ。「人々は穏やかだし、景色も緑が多い」 「そうだね。アジアは大好きだよ」 「中国は?」 端正な顔が歪んだ。 「中国は独善的だ。中国にいろいろな国が揉み手をして、すり寄っている。フランスも中国にすり寄っていく」 「どの国でも独善的なところはあるさ。揉み手をするかしないかは、その国の実力さ。ヒトも同じだろ。実力のある人にはすり寄っていくのが我々さ。でもさ、中国の人々はいいやつばかりだ。党と名がつくと、ヒトが変わる」 「どの国だって、ヒトはいいやつばかりだ。だがね、中国は国がいけない」 年おいたフランス人は中国への攻撃を続ける。若作りをしているが、体から老いが湧いてくる。 「それじゃ、ゲストハウスに戻るよ」 今日はビエンチャンに戻る日なのだ。「ボンボヤージュ」 カタコトのフランス語で言う。 「あなたもね」 フランス語が返ってくる。 太陽の光がラオス人の食堂に差し込む。 |
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