ウイーン 聖シュテファン大寺院、カフェ・ザッハー、ベルベデール宮殿 2012年8月1、2日 旅行期間、2012年7月22日〜8月17日 |
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ザルツブルグからウイーンへ |
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ザルツブルグ駅にて |
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車内で昼食 |
特急列車、レイル・ジェットに乗車。通路を隔てて反対側にはオーストラリアから来た女性が座っていました。 「学会がウイーンであったので、ザルツブルグに来てみたのよ」 「随分、買い物しましたね」 「そう、兄弟の子供たちへのお土産なの」 座席の上にお土産をたくさん乗せていました。 |
これも車内で! |
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ウイーン到着 |
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ウイーン24時間フリーパス(左)を購入して市内を見物しました。 | |
聖シュテファン大寺院 |
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前回は40年前の訪問。モスクワから列車でウイーンに到着したことを思い出します。 ウイーン西駅に到着すると、気分が解放されました。それまでは閉塞感いっぱいのモスクワやショパン号の旅だったからです。当時、駅前には何もなかった。トラムに乗り、聖シュテハン大寺院にむかいました。寺院は黒ずんでいました。 現在は洗われていて白っぽくなっていました。周囲もお店が増えて、別のウイーンにやってきたようです。 |
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塔上 |
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塔の上に上ってみました。古くからの街、ウイーンなのでしょうが、ドイツの古い街を見た後では感動が薄れます。 | |
ケルントナー通り |
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聖シュテハン大寺院から歩き始めました。オーパー駅に向かっていくと、日本人、韓国人や中国人の団体が歩いている。団体で歩くなんて、軟弱なワタシには無理だな。 |
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韓国人は団体で有名なカフェ(左)に入って行ってしまいました。覗いてみると、ホント、韓国人ばっかり。 | |
国立オペラ座 |
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ユダ人の像 |
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国立オペラ座の裏側に観光馬車が待機している公園があります。そこはアルベルティーナ公園と呼ばれています。カフェ・モーツアルトの目の前にあります。 ここにはナチス時代にユダヤ人が住む集合アパートがあったらしい。道路に這いつくばって、ブラシで清掃しているのはユダヤ人です。過酷なことをさせられたんですね。 当時のウイーンの人々は、こんな風景を当然のものとしてとらえていたのでしょう。 |
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ウイーンを観光するよりも真っ先にこのモニュメントをみたかった。アメリカ人がモニュメントに刻まれた解説を読んでいます。ここを訪問する人は少ない。その時、ワタシを含めて数人しかいませんでした。 |
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カフェ・ザッハー |
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モニュメントを見た後、カフェ・ザッハーに入りましたので気分はブルーでした。店内はナポリから来たというイタリア人のお客と東洋人が数組いました。 「どうですか? カフェ・ザッハーは?」 尋ねると、イタリア人のカップルは幸せそうに微笑んでいました。 |
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ザッハー・トルテ |
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トラム乗車 |
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国立オペラ座前の停留所、オーパーからトラムに乗ってリンクを一周してみました。地域が変わると、観光客がいなくなり、代わりに生活の匂いのする人々が乗り込んできます。 あてもなく、トラムに乗るって大好きです。気分が変われば、下車すればよいのですから。 |
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ベルベデール宮殿 |
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宮殿に入ったときは午後7時ころになってしまった。 |
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ゆっくり乳母車を押しています。 |
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ホテル、MOTEL ONE |
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モーテル ワン |
前泊地のザルツブルグのホテルではインターネットが使えなかったので、ホテルが決まらないままウイーンに到着してしまいました。 中央駅のインフォーメーションでホテルを予約しようとしたが、係員は「ホテルはたくさんある。駅前にも、街中にも」と言って相手をしてくれないんです。 駅の脇に「MOTEL ONE」があった。尋ねると1泊84ユーロ。税金込み。インターネット使用料は1日5ユーロとのこと。 |
最悪の場合はこのホテルに宿泊することにして、駅前のホテルを探し始めました。だが、ホテル自体が見つからないのです。駅前を右往左往して戻ってくると、すでに1時間が過ぎています。こんなことをしていては、街歩きができない。ホテル探しを諦め、駅の脇にあるホテルに決めたのでした。 |
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