バンコク

ミス・タイランド選考会


1994年3月



折角、望遠レンズを買ったのにこの映りではねえ。
鼻息が荒いのはワタシだけではない。男性の目がぎらついている。ここはバンコク、セントラル・プラザ・ホテルの会議場。午後7時から始まるミス・タイランドの選考会の開始を待っているひとたちでごったがえしている。

ワタシは1時間も前からやってきた。美女に対面するからと、白いジャケット、シャツは茶色と白の入った曼荼羅模様。ズボンは白。かなり考えた末にやってきたのだ。


「ここ空いてます?」
「いや」
300バーツで座席の指定はない。赤い色の椅子の上にはハンドバッグ、新聞、雑誌などがのっかかり座席を占拠している。
舞台のすぐ前のいい席はガードマンが固めている。
「入ってもいいかな」
ガードマンに尋ねる。
「シッ、シッ」
犬でも追い払うようにかっこいい形のヘルメットのガードマンは腕を振る。諦めたふりをして、ガードマンの間をすり抜けようとする。
「ノー、ノー」
カネを払った人は後ろで見物しなければならない。よい席でみたければ、入場料なんて払っていてはいけない。ぜひおいでください、と言われなければならない。すごすごと後ろに行く。
プラスチックの袋に食べものを入れた娘さんが席を探している。太った女性と男性のカップルもくる。その男性は縦じまのシャツ。女性も縦じまのツーピースだ。

すでに席を確保して椅子の上に物を置いた人たちは落ち着きはらって入ってくる。ゆっくりと歩きながらる観客に視線を走らせる。

30分がすぎた。
周囲の人々は携帯電話で話をしている。カップルで微笑みあっているのもいる。プラスチックの袋から食物を食べている女性もいる。コーラの缶が音をたてて抜かれる。おい、こっちだという声もする。
午後7時になった。時間だ。
だが、タイに若干の知識のあるワタシは定刻に開始するとは思わない。


7時30分。
髪を屏風のように立て、スプレーで固めた老女が舞台のすぐ脇に案内される。周囲の人々がワイをしている。たるんだ顔、化粧で辛くもカバーしている。

8時。すでに2時間も待っている。
尻がもぞもぞ。座席はほとんど埋まっている。夕食もとらずにここにやってきたのだ。なんとか始めて欲しい。

「ソンブーン、チェンマイ、カー」
始まった。ピンク色のタイ風にアレンジしたミニ・スカートの出場者が、自ら名前、出身地を自己紹介する。階段を下りるとき、つまずく。危ない! どよめき。ワタシは望遠レンズをこの日のために購入してやってきたのだ。でも、ここに載せた写真のデキではねえ。
「きれいだ、日本から来てよかった。この世に生きていてよかった」
シャッターをびしばし。
「シュティカーン、クルンテープ、カー」
自己紹介は続いている。
「ウン7?」
なんとなく卑猥である。
水着から下腹部の毛がくろぐろと見えるのだ。審査員になりたーい。いや、審査員のまごついた顔を見たいものだ。でもあまりにも文化が違いすぎる。タイ人は無頓着にミス・タイランド選考会に熱中している。


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