グランド・オリエンタル・ホテル、7階のレストランである。ピアノがクレイダーマンの曲を演奏しているのだから、時代から取り残されたような雰囲気だとお分かりだろう。 窓の外には旧港の灯が建物の輪郭を照らしている。沖には、荷を降ろす船が何隻も待機している。涼しくなってきたようだ。 セイロン美人を前にビールである。 もう少しましな食前酒でいけばいいものを。ハイネケンで女性を口説こうとはいい根性だ。 |
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イギリスが建築したビルが威圧するように聳える。 |
「あの海の向うにモルディブがあるのか。ふたりで、ダイビングに行こうか?」 美人は宝石のような瞳で見返す。テーブルの下からそっと手を伸ばしてみる。細い、冷たい感触が心地よい。 彼女はこのホテルのオーナーの娘さんなのだ。濃い赤の民族服と黒い髪が薄暗い照明の下で映える。なぜ、ここに? セセプションにいたから誘ったら、ついてきた。それだけなのだ。 「コロンボから、たった1時間でモルディブだ」 彼女は微笑む。特に拒否の態度を示さないから、承諾したのに違いない。でも、頭がくらくらする。寒気も……。 |
夕方、彼女と散歩したのだった。 ゴール・フェイスと呼ばれる散歩道。恋人を夢見て歩いてみたものの、暑い。現地の女性は暑さに耐えられるが、ムリだった。40度近い熱気の中、夢見心地の代償はカクランなのだ。 「頭がくらくらしてきた」 ビールを一口飲む。 「大丈夫? 部屋で、休んだら?」 インド洋の宝石に見つめられ、元気が回復したような気がする。だが、すぐに、悪寒がした。 「やはり、部屋に戻るよ」 |
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翌日、コロンボ発マレ行きのエア・ランカ機内である。トライスター機は冷房をこれでもかと効かせ、まだ寒気のするわたしを痛めつける。 隣の日本人客に話しかける。 「いいですね。モルディブへフルムーンですか?」 「わたしはね、あんたの年齢のころは随分、働いたんだ」 「スミマセン」 「今の日本の基礎をつくったんだよ」 「ありがとうございます」 「わたしはね、旅行が好きでね、船旅がいいな。アラスカ、カリブ海、南太平洋へ行った。船旅は最高級の部屋に泊まらなきゃ」 でも、この席はエコノミーのぎゅうぎゅう詰めですよ。気の弱いワタシは言えませんが。 |
コロンボ市内、椰子の実売り |
「世界中、どこへでも行ったな」 そのうちに、奥さんも会話に入ってくる。 「エベレストはよかったでしょう」 「寒いから行ってないよ」 「南極への船旅は揺れるんでしょ?」 「あそこへ行くと死ぬと言われているから、行かないんだ」 「死ぬんですか?」 「南極へ行ったひとは、みな死んでるぞ」 「そうですよね、人の死亡率は100%ですから」 「ところでスリランカはどこへ?」 「いや、この飛行機で東京から来たんだ」 |
椰子の実は妙に生ぬるく美味さイマイチ。 |
「食事だって、よかったです」 奥さんが割りこむ。すかさず、エコノミーの席で、配られた冷たいサンドウイッチを噛んでみる。 「南太平洋を船で回ったときにね……」 寒気が続いている。話しかけてしまったことを悔やむ。 「よかったでしょう。2週間くらい回ったのですか?」 「忙しいから。1日だよ」 「そうなのよ。わたしたち家を空けられないの」 「楽しんでください」 |
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誤解する人がいるといけないので……、 文中のインド洋の宝石嬢はこの人ではありません。 |
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