バンコク

色のパレード

世界4大パレードのひとつ

1991年12月




パレードを見よう!

タイでの楽しみは夜8時からのテレビだ。
まず、行進曲が流れる。次いで、色とりどりに盛装した兵士の行進、閲兵する国王と王妃、水田を視察する国王、王母をいたわる両陛下などが毎晩放送される。

本物を見たくなったのである。「集団で整然」はいい。「金日成のパレード」というポーランド映画に出てくる北朝鮮兵士の行進とカードめくり、モスクワの赤の広場の兵士の行進に魅かれるのだ。いずれも、権力と暴力を背景にしているのがミソだ。ありていに言えば、モア・エル(ミー・ハー)なのだろう。


色の行進

タイの新聞によると、次のように解説されている。 国王、王妃参列の下、王室親衛隊をはじめ、陸、海、空、騎兵隊、その他ありとあらゆるタイ軍部の精鋭たちが、色とりどりの盛装を身に纏い、チュラロンコーン大王像の前、アンポン・ガーデンの周辺を行進する。


集団で整然
めりはりのきかない集団も捨てがたい。バンコクのヤワラー(中華街)、ニューヨークのアポロ劇場周辺、パリのプラス・イタリー、サンテティエンの競技場、カイロの中央駅とバザール。とにかく、ぐじゃぐじゃ。



タイ人自慢の軍隊
「タイの兵士の行進はきれいですね。まるでイギリスのバッキンガム宮殿兵士の行進にそっくりだ。世界でも上位にランクされますよ」
「言っておきますが、タイがイギリスの真似をしているのではありません。イギリスが我々の真似をしているのですぞ。バッキンガムのようなちゃちな行進ではありません。こっちのほうが美しい」
「そうですか」
「何しろ、タイの軍隊は世界一強いんだ。今まで植民地になったことはない。経済力も抜群だし、自動車、金融、工業、農業、どれをとっても世界屈指ですぞ」
「なるほど」
「我々周辺諸国のような発展途上の国とは違う」
思わず大きなため息をするが……。
「そうなんです。タイは最高ですよ。すごい、きれい、イチバン」
特に女性はね。これは小声になった。
「そんな世界最高の兵隊の行進を見ないで死ぬなんて、タイを観光する意味がありません」
「そうです。早く行きましょう。いい席が取れませんよ」



パレードに突進!
タクシーは旧国会議事堂の遥か手前までしか行けない。
12月3日のバンコクは30度を超える暑さだ。TVカメラか何台もきている。歩きながら、タイ人の説明を反芻した。
「世界一の軍隊、世界一の経済力、世界一立派な国王」
近くの国でも同じようなことを言っているな。
「地上の楽園」、「偉大で、世界で最も英明な、連戦連勝の、鋼鉄であられ不滅で、人類の太陽。最も博学な、民族の父であり、創立者」
あまりにも修飾語が多くて疲れてしまうが、スゴイ人ではないか、そんな気分になる。

でも、ベトナムがカンボジャに侵攻したとき、タイの王族や軍の幹部はすっかり怖気ずいたらしい。ジェット機を常にエンジンをかけたまま待機させていたという噂がある。カンボジャからベトナムが撤退しそうになると、タイの将軍たちは威風堂々ベトナムを訪問する。




パレード、開始
 午後1時、るんるんと歩いている。人、人、人だ。行進は午後4時から始まるのだ。早く席を取らなくちゃ。帽子、カメラ、水、タオルをちゃんと用意している。

人の間をかいくぐり、イチバン前に出た。道路に座り込む。本を読むでもなく、音楽を聴くでもなく、群集に背中を押されながらじっと待つ。忍耐強いのだ。決して、いらいらしない。

足元にタイ人の足がある。彼らは革靴なんぞ履いていない。サンダルだ。足の指が一本、一本鶏のそれのように開き、指は第一関節からアスファルトに食い込んでいる。

お巡りさんがやってきて、立てと命令される。せっかく場所を確保したのに! 右からしゅーっという音がした。国王を乗せた黄色のリムジンが走っていく。

「ディスコのノリだ」
パレードが始まった。3時間、待ったのか。エライ。太鼓がリズムを刻む。最初の200人程度の軍団は黒い毛をつけた高い帽子だ。赤いジャケット、黒いズボンである。

2番目の軍団は黒の帽子、白いジャケット、黒いズボン、左手を腹部に持ってきて、さっと伸ばす。3番目はピンクの帽子、白のジャケット、黒いズボン、先頭はよたよたしながら行進する。曲がった脚、突き出た腹だ。

4番目は白の帽子だ。ここでふと、軽さを覚えるのだ。靴の音に重厚感が低いからだ。
5番目は水色の帽子、水色のジャケット。12番まで続く。

国王と王妃が歩きながら閲兵している。夢見心地のわたしに、肩口からべっとりと液体がかかる。シャツを染め、ズボンまでぬれている。見上げると、後ろのお母さんに抱かれている子供がプラスチックの袋に入ったコーラーを垂らしている。

おいおい、止めさせろ。叫ぶのに、お母さんは行進に夢中だ。わたしは、体がべとついている。母親は自分がかけられたわけではないから、気にしない。マイペンライ。

コーラーだらけできっちり6時間。3時間待って、3時間パレードを見た。いかにも、タイのパレードだ。見栄えはよいが、洗練されていない。

パレード
国王、女王の閲兵のあとは、スチンダ陸軍大将の誓いの言葉、騎兵隊の行進と続く。
その間、国王のリムジンの運転手はリラックスして、物陰でぶらぶらしている。そんなことでよいのか。

年が明けて、1月25日には「カーキ色のパレード」も行われた。こちらには国王は現れない。基地で行われる。
トップはスチンダ大将。延々3時間、カーキ色の軍隊が行進した。機械化部隊は登場しない。



コーラー
タイ人は語尾を伸ばす。タイ人はご飯を食べるとき、コーラーを飲む。日本でも、タイ人を真似るようになってきた。
わたしはナムケン・プラオ(氷水)を注文する。ただ。けちな日本人と言われる。


パレードのあとで!

「いやあ、きれいなパレードでした。すごい色、印象派の紫にも匹敵する色ですな。あなた方は本当に色彩感覚が鋭い」
翌日、タイ人に感謝する。
「ところで、パレードの訓練は大変だったでしょうね。あそこまで大規模な行進は、費用の方も……」
「いや、一銭もかかりませんよ」
「えっ、訓練もせずに整然と行進、しちゃう」
「いや、一年中行進の訓練をしています。兵士たちは毎日パレードの訓練だけしています。だからカネはかかりません」
「?」




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